合気観照 ~師の教え~

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合気観照塾


合気観照塾では、

武術的な強さを求めるのではなく、


合気を探究する過程で、

心と身体の変化を観照することを

目的としています。



先入観にとらわれる事無く、

様々な動きを、

身体の中心から行えるようになる

為のシステムを、

各自で構築して頂きたいのです。




自己改革する方法は、

自分で見つけ出すしかありません。


しかし、実際に

自己改革をするというのは、

意外に難しいものです。



そこで、

他の人が変化する過程を

観照することが、

大切になってくるのです。


人の様子を批判的に見るのではなく、

その人が、何故そのように考え、

その方法を選ぶ必要があるのかを、



冷静に観照し、

求められれば、

率直な意見を述べる事も

必要となります。


そうする事が、

自分の心身を観照する助け

にもなるはずです。


 法句経の偈(159)に、以下のような言葉があります。

  他人(ひと)を 誨(おし)うるがごとく もし おのれに 行ぜしめなば

  おのれ 先ず よくととのい やがて 他人(ひと)をも ととのえん

  おのれを ととのうる げに難(かた)ければなり


以上のような稽古条件を満たすのは、

古流武術の形稽古だと思われます。



先輩が後輩の

レベルに合わせた攻撃を仕掛け、

後輩はその流派が教える、


正しい身体や意識の使い方をすれば、

その攻撃を止められる、

もしくは勝つことができる

ということを、実感するのです。



そして、先輩の方は、攻撃しながら、

冷静に後輩の

身体や意識の変化を観照し、


相手に教えることによって、

自分のレベルを向上させることが

可能になります。



このような稽古は、

非切り稽古

と名づけられていたようです。


(道歌にも、

「ひぎりとは 稽古修行を よく努め

 非を知る時ぞ 非切りなりけり」

 と詠まれています。)




観照塾では、様々な技を、

形(勢法)として覚える為に稽古する

のではなく、


中心を保つ事によって、

相手の力や意識の変化に、

臨機応変に対応出来るようになる事を


実感する為の稽古をします。



そして、稽古の中で、

中心から動くことの重要性を確認し、

それを日々の生活の中で実践する

工夫をして頂きたいと考えています。



稽古ついて


▼全国道場ガイドより

呼吸を操作しながら動き、

身体内奥の筋肉を活性化することが、

合気や呼吸力に繋がると考えて


「センタリング呼吸法」を創りました。



呼吸が

筋肉・関節・神経にまで及ぼす影響

を感じることが、


中心を意識できる

身体創りになります。



健康法にもなる合気を目指しています。





身体を変えれば理論も変わる


各自が自分のレベルを常に確認し、

修得目標と現状とを認識して、

何度も基本に戻ることを前提として、

稽古に励むことが大切です。


これを私は、

蚊取り線香のようだと考えています。



中には、普通のお線香のように、

真っ直ぐに上達出来る方も

いらっしゃいますが、


大部分の方は、

一周回って元の位置の繰り返しです。


そして、何周か回って初めて、

今まで自分が

稽古してきたことの意味が、



少しだけ理解できるようになります。


ですから、

あまり最初から完璧を目差さず、

自分が信頼できる先輩の

アドバイスを取り入れて、


地道に稽古を続ける以外に、

上達する秘訣はありません。




練功法の深い意味を理解できるのは、

自分の身体を練り上げた後しかない

と断言できます。



さらに、相手の技を受ける時は、

倒れる・倒れないにあまり拘らず、

相手の伝えてきた力が、


自分の身体を、

どのように通っていくかに

集中してみて下さい。



そうすれば、

自ずと技の共通原理を

身体で理解できるようになります。




また、先輩の方は、

相手の力が

どの部分からの力かを感じて、


相手のレベルに応じたアドバイスを

してあげて下さい。



そうすることによって、

かえって自分の欠点(非)に気づき、


その欠点を改善する為の方法が

解るようになります。




自分が出来ていなくても、

人に説明をすることで、


必要条件の再確認になる

からです



観照塾では、

「ひぎりとは、稽古修行を、よく努め、

非を知る時ぞ 非切りなりけり」

と古流武術で詠まれている、


非を知る時を大切にしたい

と考えています。



そして、自分の非を認識できた時が、

次の段階へのスタートになる

はずなのです。



鍛錬方法は、

本来その必要性を感じた人が、

自分で作り

各自に実行されるべきものであり、


他の人が作ったものは、

なかなか理解しにくく、


すぐには自分の物になりにくい

と考えられます。




鍛錬方法は、

作った人が

何らかの目的を持って作り出した

ものですから、



その目的を理解していない人が、

目的を持たずに

ひたすら続けたとしても、


何にも気づけない事もあり得ます。



ただの準備運動としか

捉えられない人には、

準備運動にしかなりえません。




古流武術の型稽古は、

初歩のうちに

大きくゆっくり正確に型を稽古し、


その流派の

特徴的な身体の使い方と、


身体全体を協調して使う必要性を、

身体に覚え込ませる

システムになっているのだ

と思います。



その型稽古でさえ、


自然な勢いのある身体の使い方と

正しい意識の使い方を、



よほど注意して稽古しないと、

ただの型保存会になってしまう

恐れがあります。



観照塾に型は有りませんので、

各自が技の共通原理を考え、

そこに至る方法を

自分自身で作りだし、


それを実践していく以外は

ないと考えています。




固定概念を持たずに、

「身体を変えれば理論も変わる」

という事を、


常に念頭において、


自分の現状を

如何にして変えればよいのか

ということを、


確認しながら

稽古を続けて頂きたいと思います。


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by sinonome-an | 2018-12-29 00:00 | 東雲道場

心と身体を観照する


by しののめ庵