響きあう脳と身体 (甲野善紀 × 茂木健一郎) Ⅱ

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信仰化する科学


甲野:お考えはよくわかりました。


しかし、現代は一種の

「科学信仰」と言ってもいい

状態にあるんじゃないでしょうか。



「あるある大事典」の

納豆騒動ひとつとっても、


あの騒動の中で言われている

「科学的」というのは、

結局のところ

アカデミズムの権威にすぎません。


捏造うんぬん以前に、


「その道の専門の先生が言ったら科学的」だ

と多くの人が考えているということが、

そもそも馬鹿げたことだと私は思います。




現代は、何かといえば

「科学的かどうか」が問題となりますが、


人間の身体について

科学的に何かをハッキリさせるということは、

どうしても部分的・限定的な傾向

にならざるを得ないわけで、


広い視野に立ってみれば

いくらでもあいまいなところをつっこめる。



当たり前の話ですよね。

しかし、「その道の権威」が言ったことは、

まったく吟味されないまま

「科学的な見地から」という、


ある種の権威付けとして

使われてしまっています。




「あるある大事典」の騒動で、

本当に問われなければいえないのは、


「その道の専門の先生が言ったら、

もう科学的なのか」


ということですよね。



別に納豆が毒だったというわけではない、

そこそこ体にいいだろうということは

みんな知っている。


それを細かいところにこだわって

「けしからん」なんて、

あんな話を真に受ける人が大量にいた、


ということのほうが問題でしょう。



科学とか何とか言う以前に、

当たり前に物を見て、

考えることができない人


が増えているということに

肌寒い思いがします。




私はよく、「最低限、

私の言っていることぐらいは理解してほしい」

と言うことがあります。


これはあることに関して、その時、

私の言っていることは科学うんぬん以前の、

子どもだってちょっと考えればわかるような

単純な論理的な話なんです。


そんなことを

わざわざいわなくてはいけないくらい、

話の通じない人がたくさんいます。




筋トレを信奉している

トレーナーの方などの中には、



それこそ「ウエイトトレーニングには

こういう問題があるでしょう、

筋肉が部分的に肥大してしまったら、


全体のネットワークが

うまく働かなくなるでしょう」



と順を追って説明をして、

実演して体験してもらっても、

完全に思考停止になっていて、


それまでの私の話が、

まったく通じていなかったことに驚くというか、

呆れることもあるし、


最初から拒否してしまう人もたくさんいます。



一通り話をして実演をした後に、


「いや、お話はわかるが、

科学的にはウエイトトレーニングの

有効性のデータが出ていて・・・」

といった返事が返ってくると、


この人ちょっとおかしいんじゃないかな、

と思うんですよ。



確かに有効を示すデータは出るでしょう。

そうでなかったらこんなに現在も

圧倒的多数の人たちが

そうした研究をしていませんよ。


ですが、研究で有効だといっても、


ナマ身の現場でやって問題がある

ということがあるわけで、


それを問題にしているのに、

試験管の中の話をそこに持ってくる

というのは、もう完全に

「バカの壁」ができている。


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by sinonome-an | 2017-12-15 00:00 | 本からの資料

心と身体を観照する


by しののめ庵