内臓が生みだす心 (西原克成)

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我々の祖先は、我が胎児の型が示す通り

本当にネコザメだったのです。



(ネコザメ=学名を

Heterodontasjaponicus といい、


これは

「哺乳動物型の歯を持つ日本のサメ」

ということになります。


このサメの成体の顔は、

三二日目のヒト胎児と

パーツがピッタリ対応する。)


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わが国の古事記にも、


皇祖皇宗のワカミケヌノノミコト

(カムヤマトイワレビコ・イミナ神武天皇)

の父親

ナギサタケウガヤフキアエズノミコト


の母親つまり

神武天皇のおばあさんの豊玉姫は


八ヒロもあるフカ(鱶)だった

とあります。



紀元前三〇〇〇年前

の話とされていますが、

これを一万倍して

三億年前に早おくりすれば、


デボン紀にまさに

ネコザメだったのですから、


古事記の伝承は

大脳辺縁系の内臓脳、

つまり腸で感得した

事実だったのです。



大和民族は

我々の祖先がフカであったことを

腸の内臓感覚で知っていたのです。


これが腸の細胞が持っている

生命記憶であり、

腹の文化であり、


腹切りがわが文化に

根づいている背景にある

わが民族の感性、

心の豊かさの由縁と思われます。



文明開化の明治開国を迎えて、

西洋文明導入の際、

しばしば望まれたのが和魂洋才です。


魂とは本質の心のことなので、

日本の心で洋式の精神の産物である

社会システムをわが国の文化に輸入、

同化しようという考えです。



明治時代の日本の叡智を代表する

新渡戸稲造は、


宗教教育がほとんど行われない

わが国の国民が


非常に高い倫理観に基づいた

行動規範を持つ原因を考察し、

「武士道」にその源を見いだしました。



かつてベルギーの法律学者

ド・ラヴレーが

「日本の学校では宗教教育があるのか」


と新渡戸に問い、

「ない」と答えたところ、


「ではどのようにして

宗教教育がほどこされているのか」

と聞かれたことに端を発しています。



また、彼の夫人

マリー・ペーターソン・エルキントン・ニトベ

(一八九一年に新渡戸と結婚)がしばしば


「日本ではなぜこのような考え方や

習慣が行われるのですか」

と問う理由に対する

答えでもあったのです。




新渡戸稲造は

『武士道-日本のこころ 日本思想の解明』

Bushido : TheSoul of Japan”で、


心や魂が腹部に宿ることを

旧約聖書を引用して述べ、


武士道における

切腹の正当性を示しています。



彼は自殺をご法度とする

クリスチャンですが、


切腹による武人の身の処し方を

最高度の

精神性をともなう自制を必要とする

誇り高い作法として賞賛するのです。



切腹は誇り高い武人が

自己実現に失敗したときの

身の処し方の作法に源を発します。




腸管内臓系の腹に

自己の本態の自我が宿り、


すべての欲求が

生命の根源の

腸から発することを

知っていたからです。



腹の腸のありようは

内臓脳に情報が達して

情念(心)として

意識のレベルにまで上がってきません。


腹の腸は真っ暗闇なのです。



大和ことばは

大脳辺縁系の内臓脳でつくられた

と思われるほど、


真実をついているものが

多くあります。



いのちと腹の関係も

大和ことばほど


系統発生学的に

真実をついたことばは

ほかにありません。




わが国では古来から


腹に魂と心が宿り、

自我の源が腹にあると

信じられてきました。



生命が宿ることを

「孕む」というように、

腹の動詞まであります。


腹は自我(自分自身の存在)と

情念にまつわるものであり、


自己実現は精神的な

自我の拡大再生産です。



自己の身体の

拡大再生産が生殖であり、

これが腹に宿るのです。


生殖は腹でするものであり、

自己実現の源、


自我もまた腹にあるのです。


詳しくは↓

心のありかをさぐる

(なかもず しののめ庵 HP)


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by sinonome-an | 2018-01-26 00:00 | 本からの資料

心と身体を観照する


by しののめ庵